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右も左も前も後ろも

推しのことはな〜んにも知らない。ただの若手俳優オタク

君が好きだと叫びたい。

 

昔から素直になるのは苦手だった。

「ありがとう」「ごめんなさい」「お待たせ」全部言える。咄嗟に出る。そういう常識的な部分が欠落してるんじゃなくて、そのもっと奥。「すき」に関することは全部隠した。

 

 

小さい頃から背が高くて、背の順で並んだら女の子の中だと一番後ろかその一つ前くらい。友だちは小さい子が多くて、友だちのお母さんには「○○ちゃんがいるなら大丈夫だね」って言われてきた。学校の先生からも信頼されてたし、小学生ながらに期待を裏切らないように…なんて考えて生活してた。背が高いと小さい子よりしっかりして見えるのはなんでなんだろう。たかが数センチ高いだけで何が変わる?高いところにあるものを取れるだけでしっかりもののレッテルが貼られる。なんてこった。

そんなことがあったから自然と背が高いことにコンプレックスがあったのかもしれない。

わたしの隣でうれしい!ってピョンピョン飛び跳ねる小さい子が可愛くて仕方なかった。わたしには真似絶対できない。わたしが飛び跳ねたらもしかしなくても地球が割れる。ふざけるな。割れるか。

 

背が高い子は散々「スラっとしてて羨ましい!」だの「スタイルよく見えるね!」「クールに見える」なんて言われてきたと思うけど、これは何の褒め言葉でもない。別にスラっとしてなくていい。ちょこちょこ歩き回ってみたい。チュールスカートニューバランス。今どきの背の低い大学生の女の子がやるような服装をわたしは1度くらいしてみたい。「これ届く〜!?」っていじられてみたい。背の低い子をいじる時にダシに使われたくない。

そんなふうに変に卑屈に育ったせいで、なんとなく感情をそのままぶつけるのが苦手になったのかもしれない。周りから貼られたレッテルは自分で作る壁よりはるかに高く、厚い。なんとなく素直に自分の感情を表現するのが恥ずかしくなった。

 

「かわいいね」って言われた時に目が飛び出そうなくらい驚きたくない。お世辞とは分かっていつつも、背の高い私が可愛いはずあるか。と頭の中で自分を何万回も殴る。そうすると出てくる言葉は「そんなことないです。ありがとうございます(笑)」つまらない人間すぎて言葉を交わす意味を見失う。だれか「かわいいね」をうまくかわす術を知っていたら教えて欲しい。わたしの潜在意識の中でかわいいは『大きい子<小さい子』と勝手に結論付けてある。それを覆すな。わたしの長そうで短い、短そうで長い人生の中での決定事項だぞ!!

「え〜〜〜?本当に?ありがとう照れる!」
こんな風にはじめに驚きの
ニュアンスを入れるのオススメ♡

MERY大先生にはこう書いてあった。コラムに書いてあるのは大抵小さい子向けなのか???この台詞を言える背の高い子はいるのだろうか?わたしが身長ですべてを計りすぎているのか。小さい子に変な劣等感を覚えたわたしはとても生きにくい。

 

 

後悔したことはたくさんある。

例えば高1の冬。好きな人の家に遊びに行って「まだ帰って欲しくない」って言われたことに対して苦笑いで帰宅した。ほんとはもっと一緒にいたかった。彼はその2ヶ月後くらいにわたしのクラスメイトの小さくて可愛い子と付き合った。

例えば高2の夏。好きだった人と毎晩電話してた。彼は眠くなると絶対に「すきだよ」と言う。寝惚けてるんだろうと思って「はいはい」と受け流した。彼は結局他のクラスの背の低い子と付き合った。顔はさして可愛くない。告白は電話でしたらしい。

例えば高3の秋。卒業した先輩とバイクで出掛けた時。「腰捕まりな」って言う先輩を無視してよくわからないバイクの凹凸部分を探して掴んだ。腹筋が鍛えられた。先輩がその後バイクの後ろに乗せてくれることは無かった。

言い出したらキリがない。これを見ている背の低い子は「なんでも身長のせいにするな!性格の問題だろ!」って怒るかもしれない。いや、むしろ怒ってください。ほんとは1番素直になりたいのはわたし自身で、あの時こうしていれば…なんてこと考えたくない。もはや一種の病気かもしれない。

 

推しに関してもそうだ。ファンサ、客降り舞台に行ったとしてもわたしは手も伸ばせず固まる。他キャストさんにも一切手を伸ばせなくて、周りがキャーキャー騒いでる中、わたしはなんとなしに推しのファンサをずっと眺めている。目が合って構ってくれたらいいけど、目も合わず構ってももらえない日は地獄だ。なんでわたしなんか生きているんだろう…もう降りる無理、、、と。あくまで干された体で被害者ヅラをする。最近のファンサ舞台は対応どうのこうのより、手を伸ばしたモン勝ちみたいなところあるのでみなさんガッツですね。

トレカ、写真集、カレンダーなんかの接触イベもやっぱり積極性が試される。剥がしに合っても食らいつく子もいれば、わたしみたいに「あっあっ……」ってカオナシのモノマネをして去っていく人もいる。基本的に剥がしが嫌だ。推しにこいつ必死かよって思われそうで恥ずかしい。わたしは推しに迷惑かけません。あなたのことわかってるよ。ってスタンスだけどこういうオタクが1番気持ち悪いんだろうなあ。

まだ推しはやったことないけどバスツアーとか宿泊ツアーもこの類だと思ってる。積極的な子がいい思いをする。同じ値段だぞ畜生…と思っても、そこまで配慮してくれる優しい世界ではない。弱肉強食。弱いものは食べられるのだ。必死になって可哀想に、、と心を落ち着かせるもやっぱりどこかでそんなふうに自分の感情をぶつけられる子が羨ましいのだ。キラキラしてしょうがない。そんな子のほうが推しも好きに決まってる。せっかく来てくれたなら楽しんでもらいたいって思うはずだ。わたしの推しはそういう考えの人。

 

 

 

推しが好きな季節になった。

金木犀の香りがする。

君が好きだと叫びたい   明日を変えてみよう

君が好きだと叫びたい   勇気で踏み出そう

 

いつもよりほんの少しとおまわりして。いつもよりほんの少し素直になってみよう。せっかく好きになったんだ。伝えなくちゃ勿体ない。こぼれる愛の半分も伝わらないんだったら、全部ぶつけたっていいじゃないか。